気を抜くとついつい更新をサボってしまいます。
どの本を取り上げるかって考え始めるといつまでも悩んじゃうんですよね。
最近読んだ本は取り上げるに及ばない本か、自分の中で消化できてない本かの
どちらかなので更新が止まっていた…という言い訳です、はい。
で、結局取り上げることにしたのは『高校生のための経済学入門 』です。
経済学と言えば新書によくあるテーマなので、
入門書からかなり難しいものまで新書の中だけでも沢山あるのですが、
僕が読んだ経済学の新書はこれだけなので
他の本と比較することはできません、あしからず。
本書は経済学の初学者にぴったりだと思います。
ただ、本当に入門書なので、既に経済学を学んだ人が
読んでも得るところは少ないかもしれません。
門外漢の僕が選んだ最初の一冊としてはヒットだったかなと思います。
この本を読んだのは今年の初め辺りなのですが、
これ位の期間を空けたほうがネタバレをせずに本を紹介できる気がしてきた。
なので、次回も読んでから期間の空いている本を選んで紹介してみたいです。
2008-06-21(Sat) | 新書 | comment : 0 | Trackback : 0
遠藤周作の『沈黙』を読みました。あらすじによると、この小説の主題は「神の沈黙」らしいのですが、それとは違った面からこの作品を語りたいと思います。
僕はこの小説を読んで、日本でも憲法によって信教の自由が保障されている、その理由の源泉を感じることができたと思いました。
信教の自由とは日本国憲法20条1項に書いてあって、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」とあります。学問的な細かい解釈はさておいて、この規定が日本で保障されている歴史的背景を、『沈黙』を読む事で考えさせられました。
具体的にいえば、江戸時代におけるキリスト教の弾圧が、明治以降の日本で信教の自由を保障するきっかけになったのではないかと思い当たりました。ちなみに大日本帝国憲法では、条件付で信教の自由が保障されてました。
今まで僕は、ヨーロッパで起きた魔女狩りなどの宗教弾圧に対する反省から、信教の自由は生まれたんだ、だから信教の自由は西洋の国にそのルーツがあったんだと思ってました。日本でもキリスト教に対する弾圧があったのだということを、日本史の授業では習っていて、知識としては知っていたのに、頭の中で、信教の自由とは結びついていませんでした。
信教の自由の規定は、外国の法律から取ってきたものだと思います。日本の法律は、外国から多くを学んで作り上げられたからです。ただ、外国で生まれた法律には、日本人にはなじみの薄い権利が法律に書かれていたりもする訳です。僕の中では信教の自由もその一つで、信教の自由が日本で保障される切実さを感じることがありませんでした。僕を含めた日本人には、特定宗教を信仰している人が少ないのも切実さが実感されない原因の一つだと思います。
けれど、そんなことはなかった。日本にも宗教弾圧があって、それを防ぐために、信教の自由が保障された。こんなことはもしかしたら憲法の教科書にも書いてあることなのかもしれないけど、自分で考えることができて良かった、この小説を読んで良かったと思います。
久々に書いた記事がだいぶお固くなってしまった…(汗)。これ以上長くすると自分で読み返すのも面倒なので、このくらいで。たまにはこういうのも書いてみようと思います。
2008-05-17(Sat) | 文庫 | comment : 0 | Trackback : 0
『そして誰もいなくなった』。ミステリーの古典です。
U.N.オーエンの元ネタだったり、ハルヒの孤島症候群だったりと、この作品を意識することがここ1年ばかし続いていたので、気になっていた作品がやっと読めたという感じです。
内容はミステリーなのでネタバレ厳禁ですが、登場人物が多い割りに誰のことを書いているのか分かりやすいので、スラスラ読めると思います(この点は『県庁の☆』なんかは見習うべきだと思いますね)。
2008-05-04(Sun) | 文庫 | comment : 0 | Trackback : 0
色々悩みましたが、このブログは続けていくことにしました。
ブログの更新がずっと停止していたのは、本を読むことやブログの更新に対して強迫観念に囚われていたことが原因ではないかと思いました。そして、そう思うことで、ならばもっと気楽に読書をしていけば、このブログを続けることができるのだと立ち直ることができました。
更新のペースがどうなるかは未定ですが、ブログを閉鎖することなく、ほそぼそとまた読んだ本についての感想なんかを書いていきたいと思います。
お付き合いいただける方がいらっしゃるとすれば、何らかのお役に立てればと思います。
2008-05-03(Sat) | ブログ | comment : 1 | Trackback : 0
ひさびさすぎる更新…。
ブログをサボってる間も読書は続けてました。
入門書を何度も読むことの重要性だとか、再読のよさを実感もしましたよ。
この間に読んだ中で特に面白かったのは『ラッセル幸福論』『哲学のモノサシ』『NO.6』『キノの旅』シリーズですかね。みんな何度か読み返してます。
というわけで本を読んではいるのですが、今ちょっと絵を描くことの練習に励んでまして。
このブログをどうするかは色々と考え中です。改装するか閉鎖するか。
もはや誰も見ていないとはいえ、ちゃんと結論は出しておこうと。
またちょっとしたら決めたことを報告します。
2008-02-11(Mon) | ブログ | comment : 3 | Trackback : 0
「私の個人主義」他いくつかの漱石の講演を読みました。
昔の人の書いた人のものをほめる言葉として、「現代にも通ずる」なんてよく言われますが、漱石なんかは一番言われてる人じゃないでしょうか。
「私の個人主義」には、自分のやりたい事を探すことが大切だ。個性を発揮できる場を見つけることが幸せにつながる。というようなことが書いてあって、これはこの前よんだ『フューチャリスト宣言』でも同じことを言っていたように覚えています。
自分が何をしたいのか。それを探すのは霧の中を彷徨い続けるみたいに先の見えない話だけれど、それでも考え続け、見つける努力をしていこう。そんな決意を高めてくれる本でした。
2007-06-30(Sat) | 文庫 | comment : 0 | Trackback : 0
講談社現代新書から最近でた『生物と無生物のあいだ』を読みました。
僕たち人間の細胞は、常に部分部分で入れ替わっているという、生物の授業で習っていたはずのことが、改めて読んでみるとこんなに凄いことだったのか、というのがこの本での一番の収穫でした。
運命を川に例えて、人間は流される存在だ〜なんて他人任せの考え方になることが僕には結構あったりするのですが、やっぱりただ流されるだけじゃ駄目だなぁ、流されつつも何かしないといけない。そんな風に思いました。生物とは無関係になんですけど、これもまた読書の効用ということで。
2007-06-28(Thu) | 新書 | comment : 0 | Trackback : 0
前の記事で、これからは自分の意見を書いていくなんて言っていたにもかかわらず、危うくまたブログがストップするところでした。
今日書く事はこの前の木曜日に聞いた話についてなので、本来はその日に書くべきなのでしょうが…。それでも書いておきたい内容だったので以下その話題です。
木曜日に聞いた話というのは、大学の講義でお医者さんから聞いた話なのですが、「個人は独立した存在か」という話です。
そのことについて、僕は憲法とか民法とかの建前を知っている影響で「個人は独立した存在だ」という風にほぼ無意識に思っていました。
ですが、その先生は「人間が個人として独立している」という前提は必ずしも絶対ではないんだよといって、色んな学問分野から関係のある理論やテーマを、そのことの説明として教えてくれました。
それは4つあって、
数学:ゲーデルの不完全性定理
物理学:観測問題
心理学:ゲシュタルト理論
哲学:現象学
について、人間は個人として独立した存在か、という事と絡めて教えてくれました。
量的にはほんのさわり程度でしたが、知ってた事・知らなかったことが合わさって大きな枠で囲まれるというか、学問のダイナミックとかいうのはこういうのを言うのかなと思いました。
観測問題や現象学といった個別のことについて僕は殆ど知りませんが、この話を聞いて、「個人は独立した存在か」という事について考える端緒はつかめた気がします。
少なくとも「個人は完全に独立した存在だ」という答えに飛びつくわけにはいかないと思うようになりました。法学の思考にハマっていたんだと気付けてよかったです。
ブログってこんなんで良いんですかね?
2007-06-24(Sun) | ブログ | comment : 0 | Trackback : 0
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